西オーストラリア州政府


西オーストラリア州の歴史と背景 |

若さと活力に溢れる州

歴史概要
パースは、1829年スワン川植民地の一角を占める街としてジェームス・スターリング総督によって拓かれました。総督は、「これほど美しい地は見たことがない」とパース地方の自然に感嘆し、この地を植民地候補として推薦、イギリス政府もそれを認め、1829年6月オーストラリア初の植民地として、西オーストラリア州に最初の移民が到着しました。

1829年8月12日、現在のパース市庁舎近くの木が伐り倒され、それがパース開発の始まりでした。この地域は、それ以来イギリス領となりましたが、5万年もの昔からこの土地に棲む先住民や、1600年代に西オーストラリア沿岸から入ってきたオランダやフランスの探検家達もいました。

パース市誕生:1856年
1901年、西オーストラリアは植民地からオーストラリア連邦の州へと移行し、パース市は州都としての大役を担うようになります。

第2次世界大戦後、パースには大勢の移民が流れ込み、新しい文化と伝統が混じり合う都市へと変貌し、1960年代から70年代にかけての鉱山発掘ラッシュにより、大規模な開発が行われ、高層ビルが立ち並ぶモダンな街となりました。起業家精神にあふれた80年代、落ち着いた雰囲気の90年代を経て、「大きな田舎町」からダイナミックに前進し続ける都市へと変化を遂げて来ました。

西オーストラリア州誕生:1901年
司法府は、最高裁判所を最高機関とする階層構造を形成し、西オーストラリア州最高裁判所長官は州司法長官でもあります。国内最高機関の裁判所は、オーストラリア高等裁判所です。

国際都市へ
近年、西オーストラリア州では暮らしやすい気候、活気ある経済、リラックスできるライフスタイル等に惹かれ、再び移民ブームが起きています。そしてそのことにより経済成長に更なる拍車がかかっています。生活・文化・教育・娯楽・ビジネスのすべてにおいて国際色豊かな都市を目指すため、パース・ウォーターフロントやパース文化センターを含む都市再開発に着手しました。